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効率化の罠 生産性の向上と仕事のコントローラビリティ

1時間で1つしかできなかったことが、3つできるようになる。これを生産性の向上といいます。どのようにして3つできるようになるかといえば、それは効率化したからです。無駄を省き、賢いやり方を見つけたというわけです。こうして時間あたりにできる量が増えることを成長とも言ったりします。確かに1時間で1つしかできなかったことが3つもできるようになるというのは目覚ましい進歩です。

そして、そのように1時間で3つの仕事をこなすような人の事を「仕事のできる人」と言います。つまり、仕事のできる人=生産性が高い人=効率的な人=無駄がなく賢い、というわけです。巷には「できる人はなにが違うのか」「どうしたらできる人になれるのか」などといって「できる人を目指そう」とする趣旨の本が溢れています。曰く、効率化して無駄な仕事を省き、自由な時間を増やしてそれを自己投資しようとか、ITを使って徹底的に効率化しよう、とか。

できる人を目指すことは成長を志向するということでもあり、それ自体否定するものではありません。ただ、しかし、そうやって効率化して、生産性をあげていくことだけが果たして正解なのかという疑問はあります。

1時間で1つしかできていなかったことを3つできるようにするには、無駄と思われるプロセスを捨てなければいけません。しかし、それが果たして本当に無駄かどうか。もしかすると、その無駄だと思われるプロセスがとても重要かもしれないということです。

時間あたりの量を増やすにはまず最優先されるのはスピードです。すばやく判断して、すばやく処理する。そこに盲点があるのではないかと思います。スピード優先でプロセスが排除されることで、品質の低下を招き、ミスを誘発し、仕事に対する情熱ややり甲斐まで奪われているのではないか。そのように思うことがあります。

また、時間あたりの生産量を増やすにはいわゆるマルチタスキングが求められます。1つのプロジェクトに専念するのではなく、3つ4つと同時にプロジェクトをかかえ、あっちのタスクを完了すれば、こっちのタスクに取りかかり、それが終わればあっちのタスク、というような日常を送っている方も少なくないのではないでしょうか。そして、それが「普通」だと思い込んでいたりもするのです。それは巷にあふれる仕事術の本がそういう人を対象に書かれていて、あたかもそれがスタンダードであるというような言い方をしているからです。逆に言えば、1つのプロジェクトに専念している人はマルチタスクのできない=生産性が低い=効率の悪い人というふうにも思われているかもしれないのです。

あまりにも生産性だとか効率だとかいうことが重要視されすぎているのではないかと思うのです。もっとじっくりと向き合うべきプロジェクトもあって然るべきだと思うのですが、どうもそういう傾向は少ないように思えます。本来であればもっと時間をかけて向き合うべきプロジェクトがスピード優先でdoneとされてしまっているのではないかと思うのです。

効率化することは確かに成長であり進歩ですが、一方で品質の低下やミスの原因となることを認識すべきです。効率化の結果、仕事それ自体に愛着がなくなり、モチベーションの低下を招いているとすれば一体なんのための成長でしょうか。

なんのために生産性をあげるのか。その根本に立ち返ると、それは生産性の向上によって余剰を生み出すためです。つまり1時間で1つしかできなかったことが3つできるようになるということは1日で3日分の仕事をするということで、2日余剰を生み出します。この生み出された余剰をインプットに振り替えることによってより豊かなアウトプットに繋げるという発想です。

しかし、現実としてサラリーマンであれば2日の余剰を生み出しても、その2日をまたアウトプットを出すことに割り当てられます。それは仕事それ自体を自分でコントロールできないからです。よくよく考えれば生産性の向上や効率化を説く本というのはだいたい非サラリーマンによって書かれているものです。代表とも言えるGTDにしてもコンサルタントである著者の仕事術です。そして、それをうまく実践しているのも多くはフリーランスで活躍されている方です。

つまり、本当に生産性を向上させることを目指すのであれば同時に働き方を変えて、コントローラビリティを上げなければどうにもならないということです。そうでなければ生産性を上げたところで、効率化したところで、余剰が生まれるどころか逆にもっと忙しくなるだけです。マルチタスクで複数のプロジェクトを同時にさばき、やるべきことに埋没して、にっちもさっちも行かなくなり、やがては破綻します。プロジェクトの失敗であったり、メンタル面での破綻であったり。そうやって自信を失い、巷に喧伝される「できる人」と自分を比較して落ち込むわけです。このようなストーリーは避けなければなりません。

人間の能力はOSのアップデートのようには向上していきませんし、向上していません。あたかもテクノロジーの進化と並行して能力があがったような錯覚を持ったりしますが、錯覚です。マルチタスクで仕事をこなせるほど脳も心も進化していないのです。注意力も集中力も割り当てられる量が増えているわけではないはずです。

大事なのはやるべきことを絞ってシングルタスクで取り組むことです。生産性向上を目的にすることで失われる面についてももっと認識が進むことを望みます。

以上は、日本でなぜGTDが流行らないのか?という疑問に答えるものでもあります。仕事に対するコントローラビリティが低い状況では効率化は逆に自分の首を締めることになるので多くの人が率先しないのです。もし、効率化によって生み出される余剰を自分の自由にできるとすればもっと生産性を上げる取り組みは活発になるのではないでしょうか。